現在しなの鉄道が運営している軽井沢〜篠ノ井間が、まだ国鉄の信越本線と呼ばれていた1986年8月に、上田駅から南へ別所温泉までの11.6kmを結ぶ上田交通別所線を訪ねた。
 ここには1928年製のモハ5250形電車が運行していて、戸袋の丸窓がチャームポイントで有名だった。上田温泉電軌(当時の社名)が発注したこの電車3両は、生涯この区間で運転されていたが、架線電圧を750Vから1500Vに変更した前日の1986年(昭和61年)9月30日をもって、営業運転から退いた。
 その後3輌とも解体されることなく別々の場所で保存されているため、現在もその姿を見ることが出来るのは幸いである。
 そもそも鉄道車輌の窓は四角と相場が決まっているので、楕円形の窓はとにかくユニークである。この電車の現役時代最期に、何とかその姿をカメラに収めることが出来た。
 
終点の別所温泉駅で発車を待つモハ5253
 
     
終点の別所温泉駅に向かう電車の先頭窓から見ると、40パーミルの上り勾配で駅に進入する様子が良くわかる。左手の車輌は引き上げ線のクハ252。   左の写真と逆に、本線を上ってくる電車を駅のホームから見ると、山岳路線のスイッチバック駅のような線形に見える。
 
     
 
別所温泉駅のモハ5250。この後の時間帯で、引き上げ線のクハ252がホームに停車中の車輌に連結して、2輌編成の運転となった。
快走する丸窓電車。余命1カ月余りの頃。
  上田盆地に広がる水田の中を丸窓電車が往く。

上田交通は2005年10月に社名を上田電鉄に替え現在に至っている。
 
     
1986年10月1日に架線電圧を1500Vに昇圧するまで車庫は上田原にあった。電気機関車ED251が止まっているが、この頃は既に貨物営業は廃止されていて昇圧を機に廃車となった。   上田原の車輌基地に佇む旧形電車群は、この後10月1日の昇圧と共に廃車となった。
 
     
上田原の基地には、東急電鉄から移籍したデハ3300形3310が留置されていた。同じ東急のクハ3660形との2輌編成で1975年(昭和50年)から別所線で運行していた。この電車も昇圧の日に廃車となった。   昇圧後の車両基地は下之郷駅に移設されることとなったが、この時既に東急電鉄から移籍した5000系と5200系(ステンレス車)が、下之郷の新しい車庫に入って、昇圧の日を待っていた。
 
     
東急3300系は五反田と蒲田を結ぶ池上線を走っていた。荏原中延駅で五反田行き3輌編成の最後部を走る3310の姿。1974年(昭和49年)11月14日撮影。   池上線の蒲田行3輌編成の先頭を往く3310。1975年(昭和50年)7月9日撮影。東急時代から緑色の塗色で上田交通でもそのまま走っていたようだ。
 
     
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長野県 上田交通 丸窓電車