山口線でC57形1号機が復活運転を始めたのが1979年8月1日であるから、今年で37年を迎えることになる。当時佐賀県の唐津に住んでいたため、営業運転開始から10日余り後の8月12日に車を運転してその姿を見に行った。その日に撮影したこの3枚の写真は、当時まだ全国各地で活躍していたブルーの12系客車を牽引していた姿である。
 鉄道ピクトリアル誌1979年10月号に、営業運転開始前の試運転の記事が掲載されているが、C571が車掌車1輌を牽いて初めて山口線を走った6月29日は集中豪雨だったようだ。
 その後7月2日からは勾配区間の走行試験等を経て、乗務員訓練運転を29日まで続けて営業開始に備えたとのこと。
 翌年から1984年までは予備機としてC581号機が配置されていたことも、今となっては遠い過去の話となっている。
     
 


 

2度目に山口線を訪れたのは、18年後の1997年10月だった。地福〜鍋倉間を走行する9521列車。   1987年の国鉄分割民営化後に客車は茶色に塗装され、更にその後レトロ客車として外観も改造された頃の姿である。
 

 
津和野駅のターンテーブルで方向転換するC571号機。この年は、C571号機製造60周年記念と書いた赤い円形プレートがデフレクターに取付けられていた。またNHK大河ドラマで「毛利元就」が放映されたことを記念して、ヘッドマークは三本の矢をあしらったデザインとなっていた。   津和野を出た9522列車が県境の峠に向けて勾配を上って行く。機関車に続く客車は「欧風客車」としてグリーンの塗色だった。
 

 
 


 

津和野駅に停車している特急「おき」。当時はキハ181系の3輌編成だった。   この頃の「おき」は小郡(現在の新山口)から鳥取まで1往復と米子まで2往復運転されていた。
 
 
津和野駅を出た「おき3号」が県境の峠に向かって勾配を上って往く。右端に見える白い線は、掘削した温泉から間欠泉のように時々湯が噴き上がっていた。(山口線内では上り列車だが「おき」は山陰本線内を基準としたため列車番号は奇数)   勢いよく温泉を噴き上げているこの場所は、現在道の駅「なごみの里」として、日帰り温泉施設になっている。1日の中でも噴き上がる時間は限られていたから、左の写真は絶妙のタイミングだった。
 
     
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SLやまぐち号の想い出