小松市なかよし鉄道(尾小屋鉄道)
 

   

    北陸線粟津駅近くにある「いしかわ子ども交流センター」の粟津公園内に「なかよし鉄道」がある。長方形の公園の2辺に沿って延長473mのレールが敷かれていて「児童会館前」という駅にはホームと2線の庫があり、その中に1977年に廃止された尾小屋鉄道の車輛が動態保存されている。毎週末と水曜日に子供達を乗せて1日2回運転されている。2016年10月にここを訪ねてみた。
 訪ねた日は土曜日で11:30と15:30にこの駅を出て1往復運転されるが、雨の日はホームが濡れて危ないため運休になるという。その日は朝まで雨が降っていて、この公園に10時過ぎに着いた時には11時頃にならないと運転するかどうか決まらないとのことだった。幸いにも空には薄日が射してきて、11時過ぎに園内アナウンスで運転されることが紹介された。
待合室に集まった10人余りの家族連れが、元尾小屋鉄道のキハ1に乗り込んだ。この気動車は保存中に屋根が壊れ、復旧する時に切妻状の形になったため、現役時代の風貌とはかなり変わってしまった。   時間になってキハ1は駅を発車し、カーブしながら踏切を通過していった。警報機の鳴る踏切では、公園事務室にいたお姉さんが安全確認の旗を持ち、車内の子供達に手を振って見送っていた。
 
   
公園の木立の中を線路の終点まで行った気動車は、折り返して同じ道を軽快に走ってきた。   公園の2辺のコーナーを左にカーブした気動車は、先ほどの踏切を通過して駅に向かって行った。
 
   
庫の中にはディーゼル機関車DC121と2輌の客車がきれいに復元され保存されていた。右側はホハフ3号客車。DC121は1952年協三工業製。ホハフ3の原形は1921年梅鉢鉄工所製。   子供達を乗せて1往復の仕事を終えたキハ1が庫の中に戻ってきて午後の運転まで休憩している。
右側はホハフ8号客車。原形は1924年日本車輛製。
 
 
ここからは尾小屋鉄道が営業していた1974年1月に訪ねた時の画像を紹介する。 
軌間762mmのいわゆる軽便(けいべん)鉄道の中では数少ない1970年代まで運営されていた鉄道で、
この頃は3輌の気動車だけが旅客輸送で運行していた。
1964年に廃止になった遠州鉄道奥山線の気動車のうち1輌が尾小屋鉄道に転籍してキハ3となって活躍していた。
 
 
吉竹駅から新小松に向けて発車していくキハ1。1937年日本車両製。なかよし鉄道に保存されている現在の姿とは屋根の形が違っていた。1月4日の撮影でヘッドライトの下に正月飾りを付けている。   金平駅で新小松行のキハ1と尾小屋行のキハ2(左)が交換する。ここでは右側通行になっていた。引上げ線に客車が留置されている。
 
     
新小松駅のホームで朝の尾小屋行1番列車キハ1が発車を待っている。   新小松駅の構内に止まっていたホハフ3。この客車は現在なかよし鉄道に保存されている。
 
 
尾小屋駅の構内に5号蒸機が庫の外に停めてあった。C155のプレートを付けている。1949年立山重工業製。   この頃営業運転には使われていなかったから、ファンの撮影用に庫の外へ出してあったのだろうか。(1月9日)
 
 
   
尾小屋駅構内の全景。ホームに停まっているのはキハ2、奥の庫の手前にC155が見える。   尾小屋駅の待合室から改札口の先にキハ2の荷台が見える。キハ2は1938年日立製作所製。
 
 
   
尾小屋駅構内に留置されている客車は相当傷んでいた。   尾小屋から乗ったキハ2の車内は、新小松に近づくにつれ乗客が増えてきた。
 
     
遠州鉄道奥山線から移籍したキハ3。遠鉄時代の車輛番号が1803で尾小屋に来てから180を車体色にして隠していたというが、この頃は180も見えるように塗っていた。    雪の中、倉谷口〜長原間を往くキハ3。(1974年1月9日)
 
     
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