加悦SL広場
 

  

   

    「加悦(かや)SL広場」は1985年(昭和60年)に廃止された加悦鉄道で活躍していた車輛を中心に保存展示している施設で、天橋立の西方の京都府与謝野町にある。
 加悦鉄道は大正15年に宮津線丹後山田駅から加悦までの5.7kmで営業を開始した地方私鉄で、昭和に入ってから大江山ニッケル鉱山の採掘が始まると加悦駅から鉱山まで2.5kmの貨物専用線を延伸した。
 加悦SL広場は1977年に、まだ営業していた加悦駅構内で車両の展示を始め、鉄道営業廃止後も展示施設として存続していたが、平成に入って加悦駅敷地を加悦町(当時)に譲渡することになったため、1996年(平成8年)に大江山貨物駅跡地に移転して現在に至っている。2017年2月にここを訪ねた時の様子を紹介する。
 
この施設の保存車両中の白眉は国の重要文化財に指定されている2号機関車である。明治7年に関西で最初の鉄道が大阪〜神戸間で開業した当時活躍していた機関車で、加悦鉄道の創業時からここで使用されていた。ここを訪ねた時は塗装作業中で、下塗りの状態だった。   4号機関車は1922年川崎造船所兵庫工場製で、1934年(昭和9年)に河東鉄道(現在の長野電鉄)から譲り受けた機関車。1967年に運用から外れるまで、加悦鉄道で旅客と貨物の輸送に最も活躍した蒸機である。大きなエアタンクが特徴ある姿になっている。
 
   
1261号機関車は1923年日本車輛製で、同型機1260号とともにニッケル鉱石輸送用として1943年(昭和18年)に国鉄から譲り受け、1967年まで鉱山で使用された。   103号機関車は加悦鉄道で使用されたことはなく、長門鉄道から1947年に東洋レーヨンに譲渡され、1964年まで滋賀工場で使用された後、宝塚ファミリーランドに寄贈展示されていた機関車。ファミリーランドが閉鎖され2003年から加悦SL広場に展示されている。1915年米国ポーター社製。
 
   
気動車キハ101は、加悦鉄道開業10周年を記念して1936年に日本車輌で製造されたもので、足回りは2軸ボギー台車と1軸の片ボギーという珍しい構造になっている。当初はガソリンを燃料としていたが、戦時中は木炭で稼働したこともあり、1968年にディーゼルエンジンに換装している。2004年に動態化復元した。   気動車キハユニ51は、芸備鉄道が発注し1936年に日本車輛が製造したが、国鉄買収後はキハニ40921となり戦後舟木鉄道払い下げを経て1962年に加悦鉄道が譲り受けた。キハ51として旅客車として1985年の営業廃止まで活躍したが、1993年に郵便荷物室を復元してキハユニとして保存している。
 
 
気動車キハ083は、国鉄時代に客車だったオハ62130を改造して気動車にした珍しい車両で北海道で使用されていたが、1971年に加悦鉄道が譲り受け、1985年に営業廃止のサヨナラ列車として走行するまで活躍していた車輛。客車から改造された気動車の貴重な生き残りである。   小形ディーゼル機関車KD-4は、1956年に加藤製作所が製造し、山陽本線万富駅キリンビール専用線で使用されていたが、1971年から76年まで岡山駅の日本専売公社専用側線で使用されていた。その後東岡山付近に静態保存されていたが、1999年に加悦鉄道保存会が譲り受け2008年に動態化復元した。
 
   
加悦SL広場にはラッセル車が展示されていて、車内も見学できる状態にある。1938年に国鉄土崎工場で製造され、1972年からは西舞鶴客貨車区に配属されて山陰本線、宮津線、舞鶴線で除雪活動に活躍したキ165号。   除雪作業の時は背後の機関車に推進され走行するが、先頭に座る操作員には線路両側に立つ柱やホームなどの構造物までの距離を判断しながら、出来るだけ左右のウィングを拡げて多くの雪を除雪するテクニックが求められる。
 
     
ウィングを動かす圧縮空気は機関車から供給され、ラッセル車の運転席にあるレバーを操作してウィングを開閉する。吹雪の時など視界が悪くても装備や線路側施設の破損を招く操作ミスは許されない。   車内には丸いだるまストーブがあった。厳寒時にはどれほどの暖気が取れたのだろうか。後ろに見える黒い円筒形の装置はウィングを開閉するピストンの一部。
 
 
2軸の木造客車はハ21。明治26年製の客車の足回りを使って、昭和10年に北丹鉄道で車体部分を新造。昭和47年(1972)まで現役で稼動していた。平成12年(2000)に車体の大修理を行なっている。   2軸の木造旅客荷物合造客車はハブ3。明治22年(1889)にドイツで製造され九州鉄道が購入した。加悦鉄道創業時に伊賀鉄道から譲り受け昭和44年(1969)まで稼働していた。昭和45年の大阪万博会場にドイツ製蒸機とともに展示されたという。
 
 
   
二重屋根を持つ木造客車はハ10。加悦鉄道創業時に大阪梅鉢鉄工所で製造された新車を導入した。客室は2等、3等に分かれているが、現役当時は間の仕切りを取り外して使用していた。平成6年(1995)に新造時の状態に復元した。現在でも見ることのできる木造ボギー客車としては貴重な存在。   加悦駅構内で車両の展示を始めた加悦SL広場は、加悦駅敷地を加悦町(当時)に譲渡することになったため、平成8年(1996)に大江山貨物駅跡地に移転したが、加悦駅舎はこの時に町の文化財に指定され、平成13(2001)年に建物の曳き移転と修理が行なわれて、内部が資料館となっている。
 
 
   
加悦駅の入口。現在の加悦SL広場には加悦駅舎を模した建物が事務室・展示室になっているが入口が中央の2階建て部の下にあり、資料館になっている原形の駅舎とは形態が異なっている。   加悦駅舎の待合室の雰囲気を再現した資料館の内部。
 
   
窓口の上には大正15年当時の旅客運賃表が掲示されている。    赤い箱はタブレット閉塞器で、加悦鉄道始点の旧国鉄宮津線丹後山田駅で使用されていたもの。なお丹後山田の駅名は、1990年に野田川、2015年に与謝野に変更されて現在に至っている。
 

加悦SL広場には、ここで紹介した以外にも多くの車輛が保存展示されていたが、保存状態が良くないものも多く、旧国鉄のC57形、C58形蒸機などは外装の汚れが激しく見るに堪えない姿だった。これだけ多くの車輛を良い状態で保存するためにはそれなりの投資が必要であろうが、現存する車輛として貴重な物もここには保存されているため、今後も良い状態で管理されることを願ってやまない。
     
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