ドイツ東部ザクセン州にケムニッツという街があり、ここに1991年3月に開業した鉄道博物館がある。
2000年11月24日、ドレスデン近郊ラーデボイルの蒸気機関車撮影を終えてから、レンタカーでアウトバーンを飛ばしケムニッツに向かった。
前年夏に訪独した時に、どこかの駅でこの博物館のパンフレットを入手していた。その案内図 によれば、ヒルベルスドルフという駅の近くにあるはずだ。到着する頃には午後4時を回り、辺りはもう暗くなっていた。
  ヒルベルスフドルフは寂れた駅で、もとは大きな貨物ターミナルと機関区があった場所。その扇形庫を使って機関車を展示している。
博物館の閉館時刻は午後5時。チケットを買うと扇形庫の照明を点けてくれた。
外は暗く雨も降っていたため、庫の中だけを急いで見て回った
     
 
52型は1942年に製造を開始した貨物用機関車で、最終的には6285輌が製造された。もちろんドイツで最大輌数を誇る形式である。戦時設計もあり、いくつかバリエーションがある。終戦後東独に残った52型は、ボイラーを交換するなど整備し直して活躍した。   貨物用大型機関車として3気筒の44型と2気筒の43型が1926〜27年に試作された。いずれも先輪1軸、動輪5軸(直径1400mm)の配置。44型は終戦時までに2000輌近くが製造され主力機関車となったが、43型は僅か35輌のみで終わった。43型の配置場所は終戦後東独となり、そのトップナンバーがこの博物館に保存されている。
 
     
  24型と38型の運転室内。日本とは逆で右側に機関士席がある。24型は日本で言えばC56型のような風貌の小型機関車。それでも力は2倍近くある。
     
戦前のドイツ国鉄には各動輪をV形2気筒で駆動する特殊構造の19型1001号機と言う試作機があったが、元祖19型はこれとはまったく違うもので、ザクセン州営鉄道で1918年から急行列車用に使用された機関車である。そのひとつ19型017号機がこのケムニッツに保存されていた。3気筒式機関車では満足できなくなり、4気筒の機関車を造ってしまった。正面の煙室扉の下に、中央2本のピストン棒が見える。この形式は試作ではなく、1925年までに23輌が製造され、終戦時でもまだ20輌が健在だったという。   ケムニッツ(Chemnitz)の街はドレスデンの南西にあるが、東独時代はカールマルクス・シュタット(カールマルクスの街)と呼ばれていた。東西ドイツが統一され、1990年に元のケムニッツという名前に戻された。1988年版のミシュランの道路地図では確かに昔の名前になっている。1991年にこの地図を頼りに、西の方からドレスデンに向かってアウトバーンを走っていた時、いつになってもカールマルクス・シュタットという道路標示が見えないと思っていたら、そういう名前の街はもうなかった。
 
     
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ドイツ ケムニッツ鉄道博物館