1976年8月15日、まだ鉄のカーテンの向こう側にあった東ドイツには、戦前のドイツ統一鉄道の代表的蒸気機関車だった01形や03形が、優等列車を牽いて走り回っていた。
西ドイツからの夜行列車で朝到着した西ベルリンのツォー駅で、西ベルリン市内だけを走るSバーンと呼ばれる電車に乗り換えると、ゆっくりとベルリンの壁の上を高架橋で越えて東ベルリン側にあるフリードリッヒ通り駅に到着した。
ホームから階段を降りると検問所があり、パスポートと手荷物の検査を終え、隣のホームの階段を上がって行った。そしてここから東ベルリン市内を走るSバーンに乗り換えた。この駅の2本のホームの間には壁があり、相互に見通せないようになっていた。
 
     
東ベルリンの中心となる駅はオスト駅。大きなカマボコ型の屋根が覆った駅のホームには、初めて見る東ドイツの大型蒸気機関車が、長い編成の列車の先頭に立っていた。少し前にドレスデンから到着した列車の先頭から牽引機の01形が離れ、最後尾に別の機関車が連結されて発車を待っていた。   トーマスクックの時刻表で、列車の発着時刻は調べてあった。ドレスデン機関区所属の01形01 2207号機が、ドレスデン行きのDツーク(急行列車)D673の先頭に連結され、ドームの外で太陽光を浴び、ギラギラ輝いていた。9:54発車。2度空転したが長い列車をゆっくり牽き出していった。
 
     
真っ赤な動輪は直径が2mあり、その繊細なスポークの造形美には、溜め息をつかずにはいられなかった。   ドイツでは「象の耳」と呼ばれている大きなデフレクターをつけていた。
 
     
北部のシュトラールズンド機関区所属の03.10形が、Eツーク(準急列車)を牽いてホームに駆け込んで来た。先頭の両側にある独特な形のデフレクターが、カメラのファインダーの中でだんだん大きくなってくる姿は、羽ばたく鳥の羽根のように見えた。

この機関車はシリンダーが3本ある構造で、デビュー当時は03の1000番台として、戦前までの間は全体が流線型のカバーで覆われていた。東独国鉄(DR)の形式番号整理で1970年からは03の0番台となり、03 0085というナンバーを付けていた。
 
 
 
     
ライプチヒ機関区所属の03形が、アウエ行きの全車二階建て構造の列車を牽いて、南へ出発して行った。この機関車はシリンダーが2本の標準型の03形である。   機関車の次に荷物車、そしてダブルデッキの客車10輌編成だった。隣でDRの制服を着た男性がカメラを向けて発車のシーンを撮影していた。
 
   
 
この日は東独自慢の特急気動車列車Vindobonaの姿も見ることができた。   駅前に出てみると、クリーム色の路面電車が走っていた。文字も広告も何も描かれていないボディーは新鮮に見えた。
     
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