旧西ドイツ ライネ機関区
1976年当時、西ドイツでは既に蒸気機関車の活躍の場は減る一方だったが、オランダ国境に近いライネ機関区に配置された貨物用機関車が、鉱石運搬列車を牽いて走る線区が有名だった。
今ほど事前に運行情報を仕入れることも叶わず、現地に行ってみるしかなかった。
東ベルリンで大型蒸気機関車の活躍を堪能した8月15日の夜、西ベルリンのツォー駅から夜行列車に乗り、翌朝西ドイツのライネ駅に降り立った。機関区が駅の近くにあるだろうという期待は外れ、3km程離れているという。行き方を聞いても複雑だったため、タクシーに乗って辿り着いた。
庫の外には、先輪1軸、動輪4軸、従輪1軸の042型が何輌も止まっていた。
 
     
 
     
042型は、統一ドイツ国鉄時代の1936年から41型として製造を開始した中型貨物用機関車で、1941年までに366両が造られて各地で活躍した。
中型とは言っても動輪直径は1600mmあり、日本の最大貨物用機関車D52型と比べても、ひと回り大きい。
戦後、西ドイツ領内に残った220輌の41型は、一部が重油専燃式に改造されたが、1968年の番号整理の時に石炭焚きが041型、重油専燃式が042型となった。
  ここを訪れた頃、西ドイツ連邦鉄道最後の現役042型は、全てこのライネ機関区に配置されていた。
ドイツの機関車の多くは、日本で言うと門鉄形と言われる形のデフレクターを煙室の両サイドに装備しているが、西ドイツと東ドイツとでは形が微妙に違っていた。

重油専燃車のテンダーには、水と重油しか積載していないが、その後ろ姿はグロテスクだ。
 
     
構内の外れには、廃車になった012型が3輌留置されていた。01型のうち3シリンダー式、流線形で1937年にデビューした1000番台は55輌製造されたが、戦後全て西ドイツ領内に残った。流線形のカバーは撤去され、1953年からはボイラーを更新して、半数以上が重油専燃式となった。このグループが1968年の番号整理で012型となり、西ドイツ連邦鉄道で最強の機関車となった。
この形式は最後にライネ機関区に集中配置されていたが、訪れた時にはもう走る姿を見ることができなかった。
  ライネの駅に戻り、ホームで行き交う列車を見ていると、043型が単機回送で走って行った。
この機関車は、先輪1軸、動輪5軸、3シリンダーの強力貨物用で、44型として1926年から1945年まで2000輌近くが製造された。
戦後、重油専燃式となったグループが、1968年の番号整理で043型となって各地で活躍したが、1976年時点では、ほとんどこのライネ機関区に残るものだけとなっていた。
 
     
042型が牽く貨物列車が発車して行った。
ドイツの腕木式信号機が見える。色は白地に赤の縁取り。
水平は停止の表示、進行は斜め45度に上がる。
  220型ディーゼル機関車が牽く列車が到着した。
V200型として、1953年から製造された西ドイツ最初の大型ディーゼル機関車。
 
     
現役機関車のメニューに戻る