ナイルデルタのメーターゲージ鉄道を走る列車をマンスーラ周辺で初めて見た日の午後、地図上の線路の印を頼りにディキルニスという街に向かって行く途中で、2本のレールを見つけた。線路際に立っていると、ディーゼル機関車が客車を1輌だけ牽いて走ってきた。 
午前中に見た場所とは別の支線だったが、こんな列車も走っていたのだ。 (1990年7月)
  列車を追って終点のディキルニスの街に入った。結構大きな街だった。
機関車が客車から離れ、機回し線を渡って客車の反対側に連結する折り返し運転の準備をしていた。
この日だけで色々な車輌が活躍していることがわかり、またゆっくり撮影に来ようと思って帰ったが、このディキルニス支線は2ヵ月後に廃止となり、2度と見ることができなかった。
 
   
 
エジプト国鉄本線のカフル・サックルという駅で、この鉄道は接続していた。1990年9月にこの駅を訪ねた時、ディーゼル機関車が3輌編成の客車の先頭で発車を待っていた。 
タイフォンが鳴ってゆっくり動き出した列車に走って跳び乗る青年がいた。 しかし、約1年後にこの駅を訪ねてみると、レールも枕木も撤去されていて、ターンテーブルがあった場所さえ分からないぐらいに整地されていた。
  カフル・サックルまでの系統が廃止されていたことが分かり、祈るような気持ちでゴダイエデの駅に急いで行ってみると、ここはまだ廃止になっていなかった。この鉄道(その1)のページで紹介した赤白ツートンカラーの気動車が行った後、暫くして客車2輌を牽いた緑色の機関車が進入してきた。客車にはあふれるほどの乗客が乗っていた。(1991年9月)
 
     
ゴダイエデ駅に空の無蓋貨車を1輌牽いた機関車が来た。駅員のモハメッドが紙を渡していたが、これが信号代わりの通票だったのかもしれない。(1991年9月)   メーカーズプレートには、ルーマニア製 23 AUGUST WORKS BUCHAREST 1982年 と表示されていた。工場名の8月23日は何かの記念日だろう。(1991年11月)
 
     
 
柳のような木の枝の先を、列車の屋根が擦って行く場所があった。(1991年10月) (1991年11月)    この時点で終点となっていたサダカ駅の手間にある踏切を3両編成の列車が通過して行った。(1991年10月)
 
     
沿線随一の枝振りの良い木の下を、3輌編成の列車が通過していく。   バッターシ駅を出たマンスーラ行きの列車が、用水路に沿って走って行く。(左共1991年11月)
 
     
 
ゴダイエデ駅に客車6輌をつないだ長い編成の列車が止まっていた。臨時運転だったのだろうが、後にも先にもこんなに長い列車は見たことがなかった。 やがて反対方向から機関車が1輌だけで来て止まると、近くにいた女子学生が写真を撮ってくれと機関車の前でポーズをとった。(1991年9月)   マンスーラの車輌基地に止まっていた2軸車100号。事業用車のようだが、昔は客を乗せていたかもしれない。横でポーズをとっているのは運転士のサラーマ。
足回りを見ると、チェーンで駆動する構造になっていた。(1991年9月)
 
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エジプト ナイルデルタの軽便鉄道(その3)
ディーゼル機関車が牽く列車