ドイツ ノイエンマルクト蒸気機関車館
ドイツ南部チェコ国境に近い所に、この蒸気機関車館がある。この駅の東側にはシーフェ・エベネと呼ばれるかつて難所だった急勾配区間があり、その麓のこの駅には機関区があった。
その施設を利用してドイツの代表的な蒸気機関車を集めて1977年にこの機関車館がオープンした。現在30輌以上の蒸気機関車が展示されている。
1995年7月に、初めてここを訪れた。列車で到着すると跨線道路橋を渡って行くことになるが、橋からは転車台の上に展示された03型が見えた。
 
   
1956年、西独国鉄(DB)に2輌の大型旅客用蒸気機関車が登場した。先輪2軸、動輪3軸、従輪1軸のいわゆるパシフィック形で3シリンダーのこの形式は、重油専燃化された01型(012)の出力をわずかに上回っていて、ドイツで最強の蒸気機関車だった。しかし時代は既に電化・ディーゼル化の方向に向かっていて、この形式はそれ以上増産されることなく、1968年には廃車となった。その内の1輌10 001号機がここに保存されている。動輪直径は2.0m。
館内は狭く全景をカメラに収める場所がないため、パーツの写真でその全貌を想像していただくしかない。
(上のパンフレットには庫外での写真が掲載されている)
  
 
     
 
01型には2シリンダー式と3シリンダー式の2タイプあるが、上は2シリンダー式の111号機。1934年シュヴァルツコップ社製。石炭燃料で西独国鉄時代は001という形式だった。

3シリンダー式(1000番台)の1061号機。1939年シュヴァルツコップ社製。デビュー当時は全体が流線形のカバーで覆われていた。西独国鉄時代に重油専燃式となり012という形式だった。この2輌の01は、煙室横のデフレクターの形状が異なっている。
  1910年代まではドイツ各地の鉄道で4シリンダーの蒸気機関車が活躍していた。この機関車は元バイエルン鉄道の18型で、煙室扉の下に2本のピストン尻棒が斜め上に向いて突き出ているのが見える。この形式は1953年から30輌が更新改造され18型601〜630号となって、1960年代の中頃まで使用されていた。
屋外に展示された車輪を見ると、第2動輪の内側2本のロッド用のクランクがよくわかる。
 
     
この機関区の転車台は、とても珍しい構造になっている。
普通はテーブルの中心に軸があって360度回転し、両側とも線路につながっているが、ここは回転軸が偏心していて200度ぐらいしか回転しない。
  この写真に写っている03型だと、これ以上後ろに進むと、テーブルから落っこちてしまうのだ。
スペースが限られた敷地に線数の多い扇形庫を造るというメリットがあるようだが、使い勝手はどうなのだろうか。
 
 
     


<Deutsche Bahn (DB) 旅客線路図から加工>
 

庫外には600mmゲージのエンドレスレールが敷かれていて、ヘンシェル製の小型蒸気機関車が乗客を乗せて走っていた。
     
最初の訪問時に庫外の転車台に載っていた03 131号機は、2006年10月に訪ねた時には扇形庫の中に展示されていた。   ドイツの機関車の足回りの赤い塗装は、黒いオイルを塗った時に傷を発見し易いという実用性があるという。
 
     
保存機01型と41型による特別運転列車    
2006年10月、ドイツ東部の蒸気機関車撮影旅行の最初に、この蒸機機関車館訪問を計画した。出発前にあちこちのウェブサイトで情報を探していると、この日ウルム鉄道愛好家協会が保存している01型1066号機が、特別運転列車を牽いてシュツットガルトからノイエンマルクトまで往復することがわかった。しかもアウグスブルクから41型が牽いて来る別の列車とニュールンベルクの駅で併合し、2輌の機関車でノイエンマルクトまで運転されること、そしてその先シーフェ・エベネの難所を走ることまでわかった。
ところがニュールンベルク到着9:15、発車19:32というだけで、この間の列車の動きがどうしてもよくわからない。更に最少催行人員300名ということで、客が集まらなければ運転されないらしく、運が良ければ見られるかもしれないと、当日レンタカーで午後ノイエンマルクトに向かうしかなかった。

アウトバーンから一般道に降りて、もう少しで到着という頃、道路の右手の畑の向こうを、01牽引、41後補機の長い編成の列車が黒煙を上げて走っていった。突然のことで車を急停車して見ているしかなかった。
その列車は、シーフェ・エベネを登りきった後、そのまま41型を先頭にして勾配を下ってノイエンマルクトに戻って来た。その日、もう一度難所に挑戦するという。
ノイエンマルクトの構内で、2度目の挑戦に備えて佇む01 1066号機の姿。やはり館内展示の「冷たい姿」とは迫力が違う。
 
     
西に薄陽が傾きロケハンの余裕もなく、とりあえず車で線路に近づける場所に向かった。ちょうど先を行くバスも同じ道を行くと思ったら、止まったバスから大勢の客が降りてきて線路を見渡せる場所に展開していく。このツアー客は、列車に乗ったまま難所を登って行くか、沿線で撮影をするか選択できたようだ。汽車を楽しむ老夫婦のような客がカメラを並べて待つ中、01が牽引し41が後押しする列車はゆっくり登ってきた。走行する01型を見たのは、東ベルリン以来30年ぶりのことだった。
 
     
列車が通過しると、ツアー客はバスに乗って引き上げていったが、暫く待っていると勾配区間を登りきった駅から、そのままの編成で折り返し、坂を下りて来る列車が通過して行った。先頭は逆向きの41 018号機、殿を威風堂々と01 1066号機が務めていた。
(41型についてはライネ機関区のページ参照)
 
     
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