インド デリー鉄道博物館
インドの首都デリーの南西部に鉄道博物館がある。1977年2月に開館したこの博物館の展示車両は、ほとんどが屋外にあり、敷地内にはエンドレスのミニ列車も運転されている。そしてその内側に敷かれた不思議な1本のレール。1994年8月21日に訪れた時、幸運にもその不思議な蒸気機関車が運転されている姿を目撃することができた。(このモノレールについては下で紹介  
<インド政府観光局発行デリー市内地図>
 
     
インドの鉄道は広軌(1676mm)の幹線網と、支線の狭軌(1000mm、762mm、610mm)の合計4種類のゲージが並存している。
広軌の急行旅客用機関車がWP型である。先輪2軸、動輪3軸、従輪1軸の「パシフィック」と呼ばれる軸配置のこの機関車は、テンダー(炭水車)を除く本体の重量が100tを超える大きさだ。1947年から1967年までに、アメリカのボールドウィン社等で700両以上が製造され優等列車を牽引して活躍したが、1994年までに引退した。
現役機関車のサハランプール機関区のページで紹介したWG型とともに、広軌の蒸気機関車の最後を飾った形式である。
  1930年にイギリスのベイヤー・ピーコック社で製造された30両のガーラット式蒸気機関車が、ベンガル・ナグプール鉄道の鉱石列車牽引用に輸入された。ガーラット式という独特の形の蒸気機関車はアフリカ大陸で最近まで多く使われてきたが、先輪2軸、動輪4軸が前後に2組という配置の設計は、この鉄道用が唯一だったという。
この機関車も広軌(1676mm)で、全体の重量は235t、その力は2400tの列車を牽いて10パーミル(1%)の上り勾配を運転できたという。
 
     
急勾配区間では2本のレールの中央にもう1本歯車状のレールを敷き、機関車の歯車と噛み合わせて登っていく方式の鉄道があるが、この機関車はそうしたラック式の構造になっている。1920年にウィンターフー・スイス社で製造された。   イギリスのセンチネル・ワゴン社で1926年に製造された不思議な形の機関車。これでも広軌(1676mm)用であるが、ボイラーは縦型に置かれていて、2本のピストンから得る回転をチェーンで車輪に伝達しているという。(カイロ博物館のページで、エジプトで使われていた写真を紹介している)
 
     
有名なダージリン・ヒマラヤ鉄道で使われていた蒸気機関車。610mmの狭軌鉄道用のこの機関車は、1889年にイギリスのシャープ・スチュワート社で製造された。   ラジプタナ・マルワ鉄道(軌間1000mm)の工場で1922年に製造された機関車。先輪2軸、動輪3軸の配置で、急行列車用に使われていた。
 
     
これは蒸気機関車ではないが、狭軌(610mm)のネラル・マゼラン鉄道で使われていた1932年製の気動車。後輪1軸をチェーンで駆動している。    デリー鉄道博物館の入場券
 
     
 モノレール鉄道のモノレール機関車
博物館の中庭に敷かれた1本のレール。その上を走ろうとしている蒸気機関車。客車まで1両牽引している。   近くで見ると確かにレールは1本。どうやって倒れずに走れるのか?
 
     
片側に大きな車輪があって、支えていた。   舗装された狭い通路の上を、この車輪が回転していく。
 
     
牽引する客車の方にも、同じような支持車輪が付いていた。これなら満員の客を乗せた客車も倒れずに着いて行けそうだ。   こちらから見ると曲芸のような姿。
 
 
鉄道ならポイントがあるはず。1本のレールだから極めて簡単な構造で右と左にスイッチできるのだ。補助車輪を支える通路もレールに沿って分岐する。反対向きに機関車が走る時のために、反対側にも通路が造られている。なるほど。しかし、ループ線か三角線で向きを変えるなら判るが、この機関車が載る転車台を作るのはちょっと厄介だろう。動輪は両側フランジの戸車のような形のはず。   1907年に開業した1本レールのパシャラ州営鉄道は、50マイルもの距離で営業していたらしい。このモノレール機関車はドイツのオーレンシュタイン&コッペルという「まともな」会社が4両製造したという。その鉄道は1927年に廃止されたが、1976年に発掘された機関車と客車が復元され、この博物館で展示されている。普段は屋根の下に展示されているが、予約制で運転もしていて、この日は偶然に走る姿を見ることができた。
 
     
博物館のメニューに戻る