ヨルダン ヒジャーズ鉄道(その1 シリアへ向けて)
8月に紹介したヒジャーズ鉄道85号機は、ジーザの駅構内で静態保存されている状態だったが、2009年9月に旅客を乗せた列車を牽いて、元気に走る姿を見せてくれた。
イギリスの旅行社が企画している世界の蒸気機関車撮影ツアーのひとつとして、30余名の団体客が9月にヒジャーズ鉄道を訪れた。このツアーはヨルダンとシリアで保存されているヒジャーズ鉄道の蒸気機関車をチャーターし、この2カ国で列車の撮影と遺跡等の観光をする旅だった。今回から3回にわたって、このとき撮影した蒸機の姿を紹介する。

この日、ツアー客一行はアンマンを出て北に向かい、シリア国境を越えて、午後にはシリア南部のローマ時代の遺跡まで、蒸気が牽く列車で旅をした。朝アンマン駅で、列車の先頭に立つ85号機が朝陽を浴びて煙を上げている。
 
     
ヒジャーズ鉄道をアンマンから北上すると、ザルカ、サムラ、マフラック駅を経てシリア国境を通過し、シリア国内に入る。

<ヨルダン・ヒジャーズ鉄道製ポスターより加工>
  この日列車は朝7時にアンマンを発車すると聞いていたので、6時過ぎに駅構内に入って庫の近くへ行ってみると、85号機が止まっていた。これまで何度か冷たい姿ばかり見てきたが、水蒸気を上げる姿を遂に見た。
 
     
やがて85号機はゆっくりバックして給水ポートまで移動し、給水を始めた。この時7時になっていたが、発車どころかツアー客を乗せたバスがようやく到着したところだった。機関士がホースの水で足回りの汚れを落としていた。   85号機が止まっている位置はターンテーブルの横になる。給水塔の隣には、3日前にこのツアー客を乗せた列車を牽いた23号機が止まっていた。このツアーはヨルダンで3日間、違う機関車に列車を牽かせるという贅沢な企画だった。
 
     
 
7時を過ぎてツアー客が到着し、蒸機の周りで思い思いにカメラを向け始めた。そのうち、このページトップの写真のように列車の先頭に連結したため、最初の撮影地に向けて駅を出て車で移動した。アンマンを出て少し先に、枯れ川の谷に沿って走る区間がある。1959年日本車輛製の85号機は5両の客車を従えて軽快に走りぬけて行った。(左右)   汽笛は日本の昭和時代の機関車と同じ5和音式の馴染みのある音だった。ヒジャーズ鉄道は100年前のオスマン帝国時代に建設された線路で、随所にアーチ式石橋が架設されている。ザルカ市内に入って左右に蛇行する線路が石橋の一つを超える場所でカメラを構えていた。上り勾配で煙を吐くと期待していたが、絶気でブレーキをかけながら通過して行った。
 
     
 
ザルカ駅とサムラ駅の間にある橋のひとつが損傷していて列車が通過できない状態にあるため、この区間だけツアー客は連絡バスで移動することになっていた。85号機が牽く列車からザルカで降りた客を、次のサムラ駅で迎えたのは、シリアが保存している91号機だった。この日早朝に国境を越えてヨルダンに入り、サムラ駅で列車の先頭に立って乗客の到着を待っていた。この機関車は独ハルトマン社1907年製。100年以上前に製造された蒸機だが元気に活躍している。   シリアの機関車は、もちろんシリアの客車を従えて国境を越えて来ていた。機関車の次に連結されていたのは木造ダブルルーフの古風な客車だった。92と表記されている。
メーカーズプレートを探してみると、乗降ステップの内側にしっかり残っていた。1905年ニュールンベルグとあるからドイツ製で、1903年にヒジャーズ鉄道がダマスカスからアンマンまで部分開業した後に納入された客車だった。
 
     
2両目に連結された客車も木造のかなり古い車両だったが、生い立ちを知る手掛かりはなかった。461と表記されている。   3両目の233と表記のある客車は、上回りを新造したもので、座席やカーテンなども、まだ新品のようにきれいだった。
 
     
サムラ駅を出た列車が北上すると、勾配を稼ぐために雄大なオメガカーブを登っていく区間がある。見渡す限り砂と岩の世界、快晴の日射しの下を91号がブラストを響かせて来た。   黒煙が見え始めてから岩山の陰に隠れるまで約3分間、列車の姿を見ることができた。甲高い汽笛の音を残して91号機が牽く列車は消えて行った。
 
     
 
     
ツアー客を乗せたバスは9時過ぎにようやくサムラ駅に到着した。列車に乗ったまま国境を越えてシリアに入るため、乗客のスーツケース類をすべてバスから客車に積み替えて、発車の準備が整った。この駅で発車姿を見送った後、上の写真の大オメガカーブに車で移動して撮影した。   列車はマフラックの駅で暫く停車していたのか、時間をかけて北上し、12時半頃にようやくシリア国境に近づいて行った。この写真は国境に沿って走る区間を遠望したところ。背景の建物はシリア国側になる。
道路で越える国境施設もこの近くにある。
 
     
ヨルダン ヒジャーズ鉄道(その2 十連橋)へ移動    
ヨルダン ヒジャーズ鉄道(その3 ベルギー製71号)へ移動   
保存鉄道のメニューに戻る